先週宮古島に行きました。

宮古島で東松照明写真展を見てきました。 

宮古島に行きました。
これでもかなりの期間写真を生業としていたので、どうしても宮古島市総合博物館で開催されている故東松照明氏の写真展を見たかったことと、伊良部大橋ができてからまだ行っていなかった場所も多いので、そのあたりの取材も兼ねてということです。

まず写真展から。
東松照明氏の写真は、ひと目見て素晴らしいプリントだと思えるものでもないし、スタイリッシュなものでもありません。
そのかわり何枚もの展示された組写真すべてで人の心をえぐるような力を持っているんです。思想家といってもいいくらい洞察が鋭く、戦後の日本の、そして沖縄の状況を切り取って見せてくれています。
今回の写真展「沖縄・宮古1972~1983」も、なかなかのものでした。

最後の文章が書かれたパネルに、{太陽の鉛筆」という写真集に書かれた文を軸とした文章が載っていました。
彼はパスポートのような日本政府発行の身分証明書を携帯して1972年4月、沖縄に移住します。{宮古島にくる以前、ぼくは八重山の離島をめぐっていた。島のいたるところでよく耳にした言葉がある、「ひもじくないか」。…島の人びとは、「きょうはよい天気ですね」といった挨拶用語の軽さで、「ひもじくないか」を連発する。この言葉に長い年月にわたって徹底的に差別され収奪されてきた沖縄先島の苦痛の歴史を読み取ることもできる。
宮古島ではどうかというと、やはり島びとは「ひもじくないか」を連発する。が、宮古では、いっそう頻繁に使われる慣用句が他にある。それは、「さびしくないか」だ…}

戦争に巻き込まれた沖縄。大切な物、人を次々と失い、最後まで互いに気にかけていたこと…それが、「ひもじくないか?」と「さびしくないか?」ということだったようです。宮古では挨拶のように尋ねあう習慣があったからかもしれません。
(宮古島では、今でも知人に会うと”どこに行くんですか?””いつ帰るんですか?”など声を掛け合うことが多いそうです。)
彼はそんな愛すべき島の人達に、さびしさを思想化せよと語ったらしい。
そしてサブタイトルに、逝去8年後の今「46年前、子供だったあなたは今どうしていますか。」と問いかけていました。
その後改めてもう一巡り写真を鑑賞し、ややもするとウサギよりも「さみしさ」に弱そうな人間について考えさせられました。
—————エヴァ知ってる人用—————-
さみしさといえば、エヴァンゲリオンを思い出します。
人間は自分という独りで出来ているから、寂しさをなくすことはできない。
その寂しさが他者や自分を傷つける。
だったら、その心の欠けたところを埋めよう、というのがストーリーの中核をなす人類補完計画でしたね。
—————以上エヴァ知ってる人用—————-
寂しさは、使い切れないほどのお金があっても、友人に恵まれていても、簡単には消えてくれません。

あなたは「さみしくないか?」と尋ねられたときに、「さみしくなんかないよ。」と答えられるでしょうか。

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東松照明・宮古1972~1983

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